9「大学生」

虚構
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2009年4月「大学生」

大学受験に見事に失敗した僕は、地元と大差ない程度の田舎町であるM県S市に文字通り流れ着いた。大学への登校日初日、僕は不安と期待が入り混じった今までにない心情に襲われた。夢にまで見たキャンパスライフ、しかしその実現のためにはまず友だちを作らなければならない。

中学高校と、入学時には既に数人の友人が周りにはいた。自分から積極的に友だちを作りに行かなくても、いつも誰かが先に声をかけてくれた。東京だったらまだ近くに知り合いが居てもおかしくなかったが、S市に進学したいなんていう変わり者は僕の地元には一人もいなかった。半径五十キロ以内に友達はおろか知り合いと呼べる人すら一人もいない状態で、一から人間関係を構築しなければならないなんて経験はもちろん生まれてはじめてだった。

大学が始まってから一週間ばかり、誰とも会話をしない孤独な生活を送った。本当にこれで友達なんてできるのか?ちょうど不安が期待よりも大きくなってきたころ、必修の英語の授業でコータローと出会った。「Wish you are here」と書かれた僕のTシャツを見たコータローが「一緒に音楽サークルの見学に行こう」と声をかけてくれたのだ。そしてアコースティックギターサークルに入会し、それから一週間もたたないうちにサークル内で友人が増えていった。ヨシオ、シンイチ、アキラ、セーイチといったメンバーともこの頃出会った。

ゴールデンウイーク前の数日間にはコータローやアキラと一緒に訳の分からないサークルの新歓コンパに立て続けに参加し、無理して何杯もビールを飲んだ。新入生は如何に多くの新歓コンパに参加したかをこぞって競い合っていた。

連休明けにはくだらない色恋沙汰がサークル内で多発した。そのたびに我々は居酒屋で女の子の話をつまみにビールを飲んだ。取るに足らないつまらない問題が浮かび上がっては消え、そんな毎日に飽きもせずいちいち頭を悩ませていた。

僕にも色恋沙汰がないわけではなかった。しかしそれは大学とは全く関係のない場所で起きた出来事だった。自分から言い出すほどの話でもないので、僕はそのことを大学の友人には黙っていた。

美和さんとは結局、今まで通りの関係が続いていた。七瀬と会った後、改めて僕の方から連絡を取って二人で何度かドライブに出かけた。見晴らしのいい高原道路へ行って二人で夕日を眺めたりした。高校生のころのように人目を気にしてコソコソする必要もなかった。地元を飛び出した開放感からか、車の中での話は尽きることなく、深く込み入った話もできるようになり、僕たちの距離は急速に縮まっていった。

帰りが遅くなり、慌てて夜道を彼女の家へと走らせていると、彼女が言った。

「もう帰っちゃうんだね」

「まだ遊び足りない?」

「まだ帰りたくないな」

「じゃあ、どこか寄って行こうか」

僕は山の手まで車を走らせ、たまたま見つけた夜景の見える公園に駐車した。僕たちはそこで星を眺めながら、空が明らむまでいろんな話をした。女の子と二人きりで夜通し過ごすなんて、僕には初めての経験だった。もちろん僕たちの間はコンソールボックスで阻まれていたわけだが、脳みそが溶けてしまいそうな素敵な夜だった。

彼女は高校卒業後、地元から高速道路で一時間ばかりのM市の大学で食品栄養の勉強をしていた。お互いに地元を離れた寂しさもあって、僕たちは毎日頻繁にメールを送りあった。誰とも会話のなかった4月の上旬、彼女のメールだけが僕を勇気づけてくれた。

表面上はあくまで友達という関係を貫いていた僕たちだったが、お互いが親元を離れ一人暮らしを始めてからは、若さゆえの限界に達してしまうまでにそう時間はかからなかった。

大学に入学して最初のゴールデンウイークに、僕は美和さんのアパートへ遊びに行くことになった。そのことをタックに話すと「お前そりゃ、もうどうにでもしてくださいって言ってるようなもんだぞ」と簡単に言い放った。

何も考えず気楽に泊まりに行くつもりでいた僕はその言葉に少々戸惑った。

「でも、俺たちは一応友達ってことになってるんだけど」

「はいはい分かったよ。じゃあ友達ってことでやっちまえばいいじゃん」とあきれたようにタックは言った。

僕はタックの言葉に従うつもりは全くなかった。男女間の友情はデリケートなものだ。僕が今までどれほど美和さんに精神的に助けられたかを考えれば、彼女に手を出してはいけないことぐらいはわかった。

僕はそれまで一貫して、そういった自分の中のルールに従事して生きてきた。

しかし、結果は違った。彼女のアパートは布団を二枚敷けるほど広くはなかった。僕たちはシングルベッド一つで、三泊四日を過ごさなければならなかった。

一泊目の夜、僕は我慢した。

だが一度リミッターを解除してしまえば、もう後には引けなかった。残りの二日間、僕たちはベッドの上でほとんどの時間を過ごすことになった。

連休が終わって大学生活に慣れてきてからも、僕は何度か彼女のところに遊びに行った。

7月、土曜一限の必修科目が終わると僕は鈍行列車に乗り込み、片道4時間かけて美和さんのいるM市へ向かった。

4時間も電車に乗っていればどこかで人気のない町を通り過ぎることになる。廃れた商店街に並ぶペンキの剥げた看板を見ながら、そこに元々あったであろう色彩を思った。リーリトナーとラリーカールトンのアルバムを聞き、車窓に飽きると持ってきた星の王子様を読んだ。窓の外を通り過ぎていく山や林はどこも鬱蒼としていて涼し気で、山の向こうにとても高い入道雲を見つけた。もうそんな季節なのだ。山間から除く空はいつもより青く見えた。

僕は知らないうちに眠っていて、気がつくと電車は既にM市内だった。駅を降りると急に夕立が降り出し、傘を持たない人たちが慌てて駅に駆け込んできた。

美和さんは最後に会ったときから髪が短くなっていた。毎日欠かさずメールをしているのに会うのが久しぶりで、どんなふうに会話をしていたのか思い出すまでに少し時間がかかった。

彼女が作ってくれた晩御飯のシチューとポテトサラダを食べてから、二人で近所の銭湯へ向かった。雨上がりの街がキラキラ輝いていて綺麗だった。僕たちは他愛もない冗談を言い合って、笑いながら仲良く並んで歩いた。

彼女のアパートに戻ると僕はベッドに潜り込み、レポートを書かなければならないと言う彼女をベッドに引きずり込んだ。

そしてその瞬間、僕はたまらなく悲しい気持ちになった。なぜだろう? 僕は美和さんを後ろから抱きしめ、彼女のうなじの匂いをかぎながら、悲しみが静まるのを待った。

僕は彼女をどうしたいんだろう? 僕はこのこの子に惚れてるのか? しばらくそんなことを考えながらじっとしていたが、彼女の髪の甘い香りによってかき消された。僕たちは明るくなるまで抱き合って話をした。

目が覚めると時計は11時を指していた。僕たちはベッドから起き上がることができず、夕方になるまで二人で甘い時を過ごした。

日が沈んでから食事を取りに街へ出た。月が綺麗な夜だった。僕たちは手をつないで川沿いを歩いた。堤防に座りコンビニで買ったアイスを食べながら二人で月を見た。僕は幸せだった。

僕たちはいつまで今日のことを覚えていられるだろう? 僕はいつまでこのことを忘れずにいられるだろうか? ただ一切は過ぎていく。でもこの気持ちをいつまでも忘れたくないと思った。そしていつまでも彼女に今日ことを覚えていてほしいと思った。

そんな風にして時間は流れ、大学一年の前期が終わった。

8月、大学が夏休みに入った。美和さんが「歩君のお家に遊びに行きたい」と言うので、僕は地元で車を借り、彼女を連れてS市に向かった。二人で海に行ったり、海鮮丼を食べたりしてデートを楽しんだ。

ところが些細なことからケンカになって、急にお互いに口数が減った。何がきっかけでそうなったのか、今となってはもう思い出せない。でも僕ははじめて彼女に対して明確な怒りを感じたし、彼女も僕に怒りを抱いていることは確かだった。なぜ楽しいデートの間にそんなことが起こり得るんだろう? 若さとは本当にわからないものだ。

僕の家に着いても状況は変わらず、結局僕はソファーで、彼女はベッドで別々に寝ることになった。ただ僕が覚えているのは、その時の彼女はどうしようもなくわがままに思えたということだけだ。

翌日僕たちは地元に帰り、どちらも歩み寄る気が起きないまま、しばらく連絡が途絶えた。

おわり

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この記事を書いた人

平成生まれのアラウンド・サーティーです。30歳を迎えるにあたって何かを変えなければという焦りからブログをはじめました。このブログを通じてこれまでの経験や学びを整理し、自己理解を深めたいと思っています。お気軽にコメントいただけますと励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。

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