労働とは何か?
私は今、サラリーマンとして1日も8時間、労働している。
私の労働内容は主に「サービス」である。
どのようなサービスかというと「法令に基づいた社内統制の監査」である。
これがなんと言うかもう、本当につまらない。
以前の職場
以前の職場ではこんな虚無感はなかった。
いや、虚無感はあったのだけれど、こんなに「無意味」な仕事ではなかった。
以前、私は経理部で連結決算をしていた。
3ヶ月に一度、泊まり込みで、同僚と一緒に「決算発表」と「四半期報告書の開示」という大きな目標に向かって一気に走り抜ける。そういう仕事をしていた。
連結決算にはやりがいがあった。
確かに虚無感もあった。自分の持つ限られた、そして最も貴重な「時間」というリソーセスの殆どすべてが、1か月の間その業務に吸い込まれ瞬く間に消えていった。気が付けばまた季節が1つ過ぎていて、子どもたちは知らないうちに大きくなっている。そんな虚しさがあった。
しかし、そこには圧倒的なやりがいがあった。
自分が作った数字や、自分が集めた情報、自分がデザインしたグラフが記者会見で使用され、テレビや新聞、ネットニュースで取り上げられた。
そうして決算が終わるたびに「俺の仕事には意味がある」と思うことができた。
監査という仕事
それが今の職場はなんだ?
この監査という仕事は、何一つ付加価値を生まない。それが私には我慢ならない。
すべてが外部監査人と上司のさじ加減により決定するこの腐った制度。
法律が若過ぎる分、現場の実態を汲み取れていない。
捉え方によってどうとでも理解できる根拠の曖昧さ。
もちろん意味はあるのだろうが、少なくともこれは
俺がやるべき仕事じゃない
そう思えて仕方がないのだ。
人生は短い。私はもう30歳、人生の三分の一を過ぎてしまったのだ。
無駄にできる時間など、1分だってないはずなのに。
このクソみたいな法令に従って、アホ共と一緒にこれ以上の無意味な時間を積み重ねることに耐えられない。
私は今年中に仕事を辞める。
これは決定事項だ。
そのために、インターネットビジネスで収益をあげなければならない。
家族と自分を守るため。限られた「時間」という最も貴重なリソーセスを守るために。
おわり
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