3月23日、NHKで放送されたプロフェッショナル。シン・エヴァンゲリオン劇場版「:||」が公開され、今注目の監督庵野秀明。その素顔に迫る。
プロフェッショナル 庵野秀明の「仕事の流儀」とは?
「庵野さんが本当にやりたいことはどれかって…」と庵野の意見をうかがう映画製作スタッフに対し「ない」「何ひとつない」「アイ・ハブ・ノーアイディア」と言う庵野。
「僕が面白い映画は当たらない。世間の当たる映画はたいてい僕はだめなんで、ザッツ・ノット・フォー・ミー」
庵野秀明60歳、生み出す映画は唯一無二。シン・ゴジラ、ヱヴァンゲリヲン新劇場版、テレビ放送から26年経った今なお熱狂は冷めない。
伝説のアニメ、エヴァンゲリオンが完結すると聞き、プロフェッショナルは取材を申し込んだ。だがそれは苦行のような日々の始まりだった。密着は番組史上最長の4年。
「ここで無理したら体が壊れるんじゃないかとか、心が壊れるんじゃないかとかいうのは、それはいったん無視。面白いものを作るのが最優先です。」誰も知らない庵野秀明が今宵解禁される。
「エヴァンゲリオン」の完結
今からさかのぼること3年半、2017年の9月。エヴァンゲリオンの制作現場にテレビカメラが潜入するのは初だという。
庵野が立ち上げたオフィスだが、在席であることは少ないという。二日間顔を見せないことも珍しくはない。身近なスタッフですら立ち入ったことのない仕事場が別にあるという。たまに姿を現したかと思えば、自席で寝ている。
「エヴァンゲリオンは今回で終わるんですか?」という質問に対し
「もう物語としては終わっちゃいますね」と回答。
「思い入れはありますか?」という質問に対しては
「ない」と少し食い気味に即答する庵野。
還暦を迎えた一流映画クリエーターだが、自家用車はMINIクーパーと庶民的。作品にしか興味がないというプライベートが垣間見える。
26年前、庵野が監督を務め社会現象を巻き起こした「新世紀エヴァンゲリオン」
そのあまりに赤裸々な心理描写に、視聴者の心は掻き立てられた。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズはこれまでに3部公開される。累計800万人を動員する大ヒットを記録。
- 序 150万人
- 破 267万人
- Q 382万人
庵野は新作で、アニメの作り方を大きく変えるという。
「設計図は最小限のものにしたい。設計図の作り方を頭の中で作りたくない。最初はみんな(絵コンテを)作りたがる。安心したいから。でも現場には画コンテがない方がいい」
通常アニメは脚本をもとに絵コンテを作成し、それをもとにキャラクターや背景を制作する。庵野は今回、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||を画コンテなしで作るという。
メインスタッフが旅館に缶詰になり行う「熱海合宿」。スタッフが手にしているのは、庵野が8年をかけて書き上げた、エヴァンゲリオン最終章の脚本だ。それをもとに各自がアイディアを膨らませ、庵野に提示する。
あえて画コンテを作らず、脚本をもとにアイディアを出しながら徐々に形にしていく。エヴァンゲリオン最終章はそのように制作された。(それは時間もかかるだろう)
ところが、スタッフのどのようなアイディアに対しても「わからない」と首を横に振る庵野。今はまだ決められないということだ。
スタッフのエヴァンゲリオンあるある「オッケーさえも言われないしダメとも言われない」
庵野との仕事は一筋縄にはいかない。
「『あぁこうなるんだ』ってゆう発見がこっちにないと、客も『あっこうなるんだ』っていうのがない」
自分が考える以上のものを
庵野が求めるのは人知を超えた何かだ。
「自分のイメージどおりに作ったって面白いこと何にもないですよ。自分が考えたものなんてそんなに面白いもんじゃないですからね。それを覆す方がいいんで」
庵野曰く、「アニメはアングルが肝」。「アングルと編集が良ければアニメーションて止めても大丈夫なんですよ。動く必要もない。実写でも。役者がどんなにアジャパ―でも、アングルと編集が良ければそれなりに面白くもなるよ」
トウジと食卓を囲むシーン。モーションキャプチャーと呼ばれる手法で、キャラクターの動きを確認する。アングルを探るのはメインスタッフの役目であり、庵野は見守る。
「正面の引き絵にいいのが全然ないから、今のだと使えそうなのがほとんどない」
スタッフの顔にも疲れが見える。連日撮影は続いたが、庵野は満足しない。座りながら眠りに落ちるスタッフも見え始めた。それでも庵野はあきらめない。
「素材が膨大にありすぎてかえって大変なんじゃないか」「でもそれは庵野さんが望んでいること」そう言って談笑するスタッフたち。
「自分がやるより任した方がいい。自分で最初からやると、自分で全部やった方が良くなっちゃう。それ以上のものは出てこない」
「想像と違うものが撮れているという感触があるか?」という質問に
「だからやってる」と庵野。
「頭の中で作ると、その人の脳の中にある世界で終わっちゃうんですよ。その人の外がないんだよね。自分の外にあるもので表現したい。肥大化したエゴに対するアンチテーゼかもしれない。アニメーションってエゴの塊だから」
庵野は自らアングルを探り始めた。「いったんは人に任せてみようといつも思うんですよ。なのにそうはならない。最終的には庵野さんが全部塗りつぶしていくし、書き換えていくことでしか庵野さんが満足いくものが作れていないのかもなと。こうなった方がいいのにって思った瞬間クリエイターになっちゃう」監督の鶴巻は語る。
プロフェッショナル取材班に対してダメ出し
取材を初めて半年、気になる点があると庵野は撮影クルーを呼び出した。
「僕を撮ってもしょうがない時に、僕にカメラが向いているのが気になる」
「僕の周りにいる人が困ってるのがいいわけですよ」
周りのスタッフが困っている姿もかなり取らせてもらっている、という回答に対して庵野は「足りないと思う」と一言。
「僕が何かを言うよりも、それはナレーションでいいんで、リアクションで見せるような感じ」「いままでと同じやつなら面白くないですから」「僕としては面白い番組になってもらって、作品(シン・エヴァンゲリオン劇場版)が面白そうに見えてもらわなきゃ困るんですよ」
さすが作品至上主義者、庵野秀明。映像制作者として自分の密着取材班にも容赦なく意見する。「面白いもの」「まだ誰も作ったことのないもの」への強いこだわりを感じる。
作品へのこだわり「作品至上主義」
「もう何十年もアニメを作ってるんで、みんなもうルーチンなんです。それは僕も含めて。いまアニメの作り方でアヴァを作ったら、たぶんいままでの3本の延長のものにしかならない。なんか似たようなものがもう1本できたねって。新しいものには、なる可能性はすごく低い。僕の中でそれが嫌なんです」
18年3月、庵野は自ら編集室へ入る。監督鶴巻や轟が行ったプリヴィズの編集を1から自分でやり直すというのだ。
「つまんないな、何とかなんないかな、普通過ぎるな。」頭を抱えてそう漏らす庵野。「これだけあるのにアングルが足りない」アングルへの執念はプロフェッショナルそのものだ。
「なんでドキュメンタリーの取材を受けようと?」という質問に対し、
「商売しようと思って」と笑う庵野。
「謎に包まれたままだと置いてかれちゃう」「面白いですよーっていうのをある程度出さないと、うまくいかないんだろうなっていう時代かなって」「謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきてる」
その後数日間、庵野は編集室に閉じこもった。連日深夜まで、アングルとカット割りを考えに考え抜いた。
「普通にやったら普通のカット割りにしかならない。普通のカット割りが悪いわけじゃないんだけど、手間暇かかる割に面白くない。一種の開き直りに近いこれでいいっていう、そういう思い切りがないと面白くならない」
その2か月後、メインスタッフを集めた会議で、今まで9カ月かけて作った冒頭1/4を、脚本からやり直すと言い始めた。
「僕の台本が全然できてないっていうのがこれでよくわかった。1から書き直したい。できればゼロから書き直したい。Aパート(導入部分)がひつようかどうかっていうところから立ち直って、もういきなりBでいいんじゃないかと」
庵野を貫く流儀「自分の命より、作品」
「作品至上主義っていうんですかね。僕が中心にいるわけじゃなくて、中心にいるのは作品なので。作品にとってどっちがいいかですよね自分の命と作品を天秤にかけたら作品の方が上なんですよ。自分がこれで死んでもいいから作品を上げたいっていうのは、これは(思いとして)ある」
庵野はその後スタジオから消え、秘密の作業部屋でAパートの脚本を作り直している。このタイミングでの脚本の書き直しは異例だ。
少し呆れながら不安を口にするスタッフ。それでもどこか楽しんでいる感がある。皆庵野と仕事ができることに、エヴァンゲリオンという作品に携わることに誇りを感じているのだ。
「これつまんない、これもつまんない」モニターに映し出されるアングルを眺めながら庵野はつぶやく。
庵野と「作品」
「庵野は血を流しながら映画を作る」
妻で漫画家の庵野もよこは「生活や、生きるということを放棄して仕事に打ち込む人間」と説明する。
いつも何かが欠けていた
1960年、岡山県宇部市生まれ。父は事故で左足を失っていた。庵野の父は世の中を憎んでいたという。何かが欠けていることが庵野にとって自然な事だったという。
庵野が最初に夢中になったアニメが「鉄人28号」だった。ロボットの絵をかくときは、必ず腕や足がなかったという。壊れていたり、取れているのが好きなのだ。「鉄人28号」もよく腕が撮れていたので、そういうところが好きだったのかもしれないと振り返る。「どこかかけてる方がいいと思うのは、僕のおやじが足が欠けていたからかなといま思いますけどね」
「全部がそろってない方がいいと思ってる感覚が、そこに元があるのかなと」
高校卒業後、大阪の芸大へ。プロ顔負けのアニメを書くようになり、仲間と一緒に作ったアニメが大評判となった。特に爆発シーンには定評があり、あの手塚治虫もその技術の高さに舌を巻いたという。
そんな23歳の時、庵野は宮崎駿とであう。
「いや宇宙人が来たと思いましたよ」「見た瞬間に、ああこいつ面白いって思ったからやれって言ったの」風の谷のナウシカ、溶けかかった巨神兵による爆破シーンは、庵野が担当した。
その原画は今でも庵野が保管している。修正を入れられないほどの緻密さに、宮崎駿をうならせた。「スタジオに住み着いて(笑)。あいつ一日何時間仕事したんだろう。朝来ると机の下からはだしの足が出てるんですよ。汚い足で、「原人の足」って呼んでたんです。そういう男です」
庵野が33歳の時に立ち上げた企画が「新世紀エヴァンゲリオン」
主要キャラクターは皆完ぺきではなく、何かが欠けていた。「本来完璧なはずなのに、どこかが壊れてるとかが僕は面白いと思う。面白さってそういうものだと思う。きれいに作ってもそんなに面白いもんにはならない、きれいなだけだから。僕の面白いっていうのはちょっといびつなところにあるんだけど」
欠けているから、愛おしい
斬新な設定に人気を博したエヴァンゲリオン。庵野は自らを追い込み、製作スタッフを追い込み、そしてただ面白いものを作るためだけに突き進んだ。
追い込み、追い込まれた先に、予期せぬことが起きた。エヴァンゲリオンの制作が追い付かなくなったのだ。
TVシリーズ第25話、スケッチのような線で書かれたアニメーション。予定と異なる形で終わらざるを得なかった。見るものに多くの憶測を与え、社会現象を巻き起こしたエヴァンゲリオンは、伝説のアニメとなった。しかし一部のファンからは「庵野は作品を投げ出した」という批判が沸き上がった。
アニメが好きな人たちのために頑張ってきたつもりだった。しかし「庵野をどうやって殺すか?」というネット掲示板のスレッドを見た時、「もうどうでもよくなった」という。
電車のホームから飛び込むことや、会社の屋上から飛び降りることも考えたという。
そんな庵野に手を差し伸べたのがスタジオジブリプロデューサーの鈴木氏。「作ることでしかその傷は癒えない」という鈴木の助けを借りて実写映画を作成したのち、アニメの制作へと復帰した庵野。
しかしどのようなアニメーションを作っても、エヴァの二番煎じになってしまうと庵野は感じた。「エヴァのセルフパロディを作ってる感じ。エヴァが自分が面白いと思ってたものを全部そこに入れちゃったから。新しく自分が面白いと思うものを入れようとしてもやっぱどっかエヴァみたいなものになっちゃう」
エヴァの呪縛に取りつかれたのはシンジやアスカだけではなかった。庵野その人が、まさにエヴァの呪縛に取りつかれていたのだ。
そしてヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qを世にはなった後、庵野は極度のストレスで鬱病に陥る。
「全身全霊かけないと面白いものにならないから。自分にできることは全部やる。なるべく面白いものにしたいだけ」その思いが庵野自信を追い詰め、彼を壊してしまったのだ。
辛い時期を支えた妻のモヨコはこう語る。
「このままもう「すべてやめるんだ」って言ってどっか行って、またそこで作り出すんだろうなって。何もなかった顔して作り出すんだろうなと思ってますから。そういうふうにしか生きられないから。その作品を作らないでは、もうこの先には進めないというか」
4年の歳月を経て、庵野は再びエヴァンゲリオンに取り掛かった。
「始めたことを終わらせなければという思いはある、お客さんのために」
終わらせる
「自分の状況と作品がリンクするから、ポジティブな方向に行くので自分の中にそれがないといけない。じゃないとそれは嘘になっちゃうので。自分の中にあるものが、作品の中に入っているので、それが本物になる」
Dパートの脚本、そして完成
2018年12月、映画終盤1/4にあたるDパートの脚本が固められずにいた。
「僕としては、もうちょっと理解されてると思ってたのよ。それがまったく理解されていないっていうのが分かったから、困ったなと。理解されていないっていうのがね」とスタッフに向かって庵野は悔しそうに言う。
庵野は再び脚本からやり直すと言った。二か月が過ぎても庵野から脚本は上がってこなかった。「なかなか神様が降りてこない」と、ビールを飲んでつぶやく庵野。お酒の席だというのにスタッフの顔は疲労困憊だ。
Dパートの脚本が上がらないまま、冒頭のアフレコが始まった。
綾波レイを演じる林原めぐみ。声優としては数々の大仕事をこなしてきた彼女に、何度も何度も同じセリフをリクエストする庵野。綾波の自信なさげな微妙なニュアンスを探っているのだ。「何かが足りない」
「作り上げることが最優先」2019年の春、締め切りギリギリに庵野はDパートの脚本を完成させた。
Dパートのアフレコシーン。最後のセリフに涙をぬぐう、ミサト役の三石琴乃。追い込み、追い込まれた四半世紀が終わる。庵野は主人公のシンジにセリフを書き足していた。
「さよなら。すべての全てのエヴァンゲリオン」
収録が終わり、すべての素材が出そろった明け方、
「なんでそこまでされるんですか?」という質問に庵野は
「僕が最大限、人の中で役に立てるのがこれくらいしかないから、世間にはそれくらいしか役に立たない」と言う庵野。
試写会の挨拶を終えると、作品を見ずに劇場のロビーへ出る庵野。「完成したらもう次の仕事しないと」そう言って一人机に向かう。
プロフェッショナルとは?
「考えたこともない(笑)。あまり関係ないんじゃないですか?プロフェッショナルって言葉は。この番組その言葉がついてるの僕嫌いなんですよ。なんでほかのタイトルにしてほしかったです」と言って庵野は笑った。
「ありがとうございました」
おわり
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