2015年7月「キャンペーン」
東京に戻った僕はまず、池袋の東急ハンズでバリカンを買い頭を丸刈りにした。奈保子を失い、男としての自信を失った今、もうどんな虚栄心も捨て去ってやるのだという覚悟で。そして自分という人間をぶっ壊して一から再構築するのだ。
九月から始まる会計士試験の予備校までの間、週三でアルバイトを入れた。残りの四日は試験勉強のための時間と言いつつ、実際には机に向かうことはほとんどなかった。休みの日は昼過ぎに目覚め、喫茶店で本を読み、新宿御苑の芝生で昼寝をして、神宮球場で野球を見ながらビールを飲む。暖かくなってきた東京の風を心地よく浴びて、レフトスタンドへ沈んでいく夕日を眺めた。夜にはバーで酒を飲んだり、朝まで映画を見たりして日々を過ごした。そんな生活が五月くらいまで続いた。
坊主にしたのはいいものの、その後自分を変えるための具体的なアクションを見つけられないでいた。何かを変えなければという焦りはあった。このままでは僕は、社会不適合者というレッテルを貼られ、一生ひとりで孤独に暮らさなければならない。そう考えると僕は恐ろしくなった。これから60年以上もひとりでいられるのか? その孤独に俺は耐えられるのか? 今まで孤独を恐怖と感じたことのなかった僕にとって、それは初めて味わう絶望感だった。
思い起こせば、小学校の時から僕は比較的女性にモテるほうだった。高校大学と仲良くしてくれる女性はいつもいたが、僕は彼女を作らなかった。作れなかったのではなく、作らなかったのだ。それは僕が選ぶ立場にいるからという慢心によってとられた態度だった。
今の僕はどうだろう? 選ぶ立場だとお高く止まっていたが、気がつけばもうそんな僕を選んでくれる人は誰もいなくなってしまった。今の僕を必要としてくれる女性は誰もいない。今の僕は彼女を作らないんじゃなくて、作れないんだ。このままでは結婚しない男ではなく、結婚できない男になってしまう。
☆
六月も中旬を過ぎたある日のことだった。僕はバイト先の休憩所で暇を潰そうと本を漁っていた。僕のバイト先の休憩所には先人たちが残していった漫画や雑誌や文庫本が山積みになっていて、仕事が暇だと一日中本を読んで終わるような日もあった。そこで僕は一冊の本と出会った。
本のタイトルは「モテる技術」
ノウハウ本にしては長く、300ページほどあるアメリカ人の著書だった。
恋愛に関するノウハウ本に何度か目を通したことのあった僕は、何の期待もなくただ暇を潰すためにその本を開いた。するとそこにはこう書かれていた。
「度重なる失敗で自分を責めていませんか? 大切なのは、まず女性への恐怖心を拭い去ることです。自信を取り戻したあなたは、女性の目に何倍も魅力的に写るでしょう」
まるで自分に向かって書かれているような言葉にはっとした僕は、バイトを終えるとその本をバッグに入れ、メモ用紙とペンを持って喫茶店へ向かった。そして食い入るようにページを捲り、紙にペンを走らせた。
途中タバコを何本か吸いながら、かれこれ三時間ほどそんなことを続けた。本を読み終わる頃には、五ページ分ほどのノートが出来上がっていた。
僕は手書きのノートを帰ってPCで清書し、PDFファイルにしてスマホに保存した。そして翌日からノートに書いたことを片っ端から実践することにした。
①「自信を取り戻すには、まず女性への恐怖心を拭い去ることです。どうすれば女性への恐怖心がなくなるのでしょうか? 答えは簡単です。今日、道ですれ違う綺麗な女性に『Hi!』と挨拶してみましょう。それを一週間続けてみてください」
とりあえず100人の女性に話しかけてみよう、と僕は決めた。女性に対する男としての自信をすっかりなくしていた僕は、100人に声をかければきっと何かが変わるだろうと思ったのだ。
しかし海外ならまだしも、東京という街ですれ違う綺麗な女性に「こんにちは!」と挨拶することは現実的ではない。頭のおかしな人として白い目で見られるだけだ。できることから始めようと思った僕は、まず彼女たちに微笑みかけてみることにした。
道ですれ違った女性の目を見て、外国人がよくやるように、口角を少し上げるのだ。あくまでさりげなく、上品に、攻撃的にではなく守備的に。僕はこれを一週間続けた。
ほとんどの女性はすぐに視線を逸らすか怪訝な顔をして眉をひそめた。しかし中には微笑み返してくれる女性もいて、そんな時はすごく気分が良くなった。綺麗な女性に微笑まれると、それだけで自分が男として受け入れられたら気がした。
そして続ける中で、実際に女性への苦手意識がいくらか薄くなっているのを感じた。
②「女性への恐怖心がなくなったら、話しかけてみましょう。きっかけは何でも構いません。『今日も天気がいいね』でも『お出かけですか?』でも構いません。とにかく話しかけることです」
僕はバイト先で顔を合わせる女性全員に話しかけることにした。パーティー会場からテーブルクロスを取りに来た女の子、エレベーターに乗ってルームサービスを片付ける女の子。花屋のお姉さん、レストランのお姉さん、客室清掃のおばちゃん、社員食堂のおばあちゃん、全員に声をかけた。
まずは挨拶だ「こんにちは」「お疲れさまです」。少し慣れてきたら「今日は暑いですね」「今日も忙しいですね」と相手の同意を促すように話しかけた。
やがて相手の顔色や声色を感じ取る余裕が出てきて「関西出身なんですか?」とか、「何かいいことでもあったんですか?」と質問ができるようになった。僕の顔を覚えて向こうから挨拶してくれる人も増えてきた。
そして実践を初めてから二週間、僕の中にあった女性への恐怖心はきれいに払拭された。話しかけてみてわかったのは、僕が思っていた以上に、女性は話しかけられることが好きだという事実だった。僕は次のステップに移った。
③「女性がいる場所へ出かけてみましょう。カフェ、図書館、スポーツバー、コンサート、イベント会場。そこにいる女性は皆、あなたに話しかけられることを求めています。しかし女性を不快にするようなことはしてはいけません。失敗しても決して自分を責めてはいけません」
街にいる女性に話しかけるにはまだ慣れがたりない。僕はそう思って、まずはよく行くカフェの女性店員さんに話しかけてみることにした。注文を済ませてテーブルに付いてしまうとなかなかタイミングがつかめず、結局「お手洗いってどこですか?」としか話しかけることができなかった。これを話しかけたと言っていいのか? いいのだ。失敗しても自分を責めない。僕は今日カフェの店員さんに話しかけると決めて、実際に話しかけたのだ。つまり100点だ。明日も頑張ろう。
僕はトレーニングを重ねた。神宮球場の外野席に独りで座る女性に「今ホームラン打ったの誰ですか?」と話しかけてみたり、図書館ですれ違った女性に「最寄りの本屋さんをご存じないですか?」と話しかけてみたりした。病院の待合室で「風邪ですか?」と話しかけたこともあった。もちろん警戒心を示す女性もいたが、ほとんどの女性は親切に質問に答えてくれた。
女性に話しかけるとに慣れてくると、バイト先の従業員やお店の定員さんよりも、街にいる知らない女性へ話しかける方がむしろ簡単であることに気がついた。そこでどんなに失敗しようと、彼女たちと会うことはもう二度とないのだと思うと、気楽にいくらでも話しかけられるようになった。
そして七月中旬、僕はついにアキラを誘ってHUBへと繰り出した。
「HUBでいいのか? いつもはあまり気乗りしてなかったじゃないか」と聞くアキラに「まあ見てろって」と言って僕は階段を上った。
金曜日の午後十一時、終電前の一番盛り上がる時間帯だ。テーブル席はすべて埋まり、行き場を失った男たちがグラス片手に隅っこに集まっている。まだ女性だけのテーブルもちらほら。男たちはタイミングを見計らって彼女たちに声をかける。あるものはうまく取り入り会話を弾ませ、あるものはひたすら無視され次の獲物に向かってそそくさと去っていく。
僕たちはドリンク注文の列に並びながら店内の様子を伺っていた。列の手前の女性二人組はどうだろう? ひとりは小柄で茶色のショートカット、性格は明るめで先ほどからよく喋っている。もう一人は長身で黒髪ロングのストレートヘア、おっとりしていそうなタイプだ。どちらも決してアキラ好みではないが、比較的話しやすそうだ。最初に話しかける相手としては申し分ない。僕はアキラに視線を送ると、アキラが頷いた。ゴーサインだ。
「もうドリンクは決められましたか?」僕は小柄な子の方にそう話しかけた。
「えーっと、ビールにしようと思ってます」
彼女は僕をちらりと一瞥してから、長身の友達を見てそう答えた。
「お友達もビールですか?」と僕は長身の方にも話しかけた。
「ええ、まぁ…」長身は僕とアキラを交互に見ながら、少し肩をすぼめてそう答えた。
「良かったらごちそうしますよ。ビールの種類結構ありますけど、もう決まってますか?」
「え、いいんですか?」小柄な方が目を大きくして驚いたように言った。
「ここはそういうお店ですから、女性がお金を払う必要はありませんよ」と言って僕はにこやかに笑ってみせた。
「お友達もよかったら」アキラがそう言って財布を出し、四人分のビールを注文した。
僕たちはグラスを持ってカウンターの隅のスペースに移動し、「お疲れさまです」と言って乾杯した。
「今日はどういう飲みなんですか?」とアキラが聞くと、小柄な方が「職場の同期なんです」とビールをすすりながら答えた。名前を聞くと小柄な方がマキ、長身の方がユカと言った。
「ちょっと待ってくださいね、年齢当てさせてください!」僕はわざとらしく口元に手をやり考える振りをして、マキさんの目をじっと見つめた。そして頭の先から足の先までゆっくり視線を動かし、髪形、服装、アクセサリー、靴を確認した。
「二十三!」
「まぁまぁ、いい線いってますかね」マキさんがまんざらでもないといった顔で目を細めた。
「二十四?」アキラがわざとらしく驚いてそう続けた。
「えー、本当に当てる気ありますかぁ?」ユカさんが笑いながら言った。
「ひょっとして年上ですか?」と言って僕もわざとらしく驚いてみせた。
「え!お二人はおいくつなんですか?」
「僕ら二十四です」
「えー!」マキさんとユカさんはきれいにハモって驚いた。
「僕らいつくに見えてたんですか?」
「え、二十八とか?」
「どっちがですか?」
「どっちも」
「いやいやいや、アキラよりは年下に見えるって」といって僕は笑った。
「お二人は二十六とかですか?」アキラが続けた。
「二十七です」
「えー!絶対年下だと思ってました」
「なんか嘘っぽいー」マキさんが笑いながら言った。
そんな中身のない雰囲気だけの会話が一時間ほど続き、僕たちはグラスを二杯づつ空にした。頃合を見計らって、「終電大丈夫?」と僕は彼女たちに確認した。このまま会話を続ければ帰さないことも出来そうだったが、今回の趣旨に反するので僕は敢えて彼女たちに帰ることを促した。そして別れ際に連絡先を交換し、彼女たちは帰って行った。
僕とアキラは喫煙所でしばしのブレイクタイムを取った。
「なんか人が変わったみたいで笑っちゃいそうになったよ。何があったんだ?」と驚くアキラに、僕はこの一ヶ月のトレーニングについて説明した。
「それはすごいな。今の子たちだって頑張れば持ち帰れそうだったもんな」
「今回アキラに協力してもらったのは二つの趣旨のため、一つは『話しかけること』、もう一つは『楽しませること』。だから持ち帰るよりもっと場数を踏みたい。そもそもそんなにタイプじゃなかったしね」
「なんか専門家みたいな顔つきになってるけど、そういうことなら付き合うよ」
「何事も目的意識からだね。女の子がいなくなる前にもう一組捕まえよう」
カウンターでドリンクを注文しながら店内を見渡す。隅で壁の方を向きながら飲んでいる三人組を見つけた。今度は明らかに年下、まだ学生だろう。僕は後ろから様子をうかがって、一番右の女の子の肩を叩いた。
「お待たせ! 盛り上がってる?」
隣の二人は僕を一瞥してから、「知り合い?」という顔で驚いて右の子の様子をうかがう。
「え? 誰? ちょっとまって全然知らない人!」右の女の子が混乱した様子で言う。
「おおミキさん久しぶり、隣の2人はお友達?」と言ってアキラが後から続く。
「ミキさんて誰? 絶対人違いだから!」と右の子。
「この前ここで一緒に飲んだじゃん? 忘れちゃったのミキさん?」と僕もアキラの設定に乗っかる。
「いやいや飲んでないから! そもそも私ミキじゃないから!」酒の回った女子大生のツッコミほど青臭いものはないが、そのツッコミが場の雰囲気を決定づける。
「あれ、ミキさんじゃなかったっけ?名前何?」
「クミです!」
「そちらのお二人は?」
「ケイコです」「ユキです」
「んー、絶対この前一緒に飲んだけどね!」
「もう何この酔っ払いー!」クミが少し戸惑いながらそう言うと、奥の二人はクスクスと笑った。
「みんな大学生?」
「そうだよ」
「ちょっとまって、何年生か当てるね」僕はそう言って先ほどの年齢の件と全く同じやりとりを行い、彼女たちが大学生三年生であることを確認した。
「彼氏いるの?」
「この奥の子だけいます。私たち二人はいません。てゆうか聞いて私この前振られたの!」
それは大変だったねぇとかなんとか適当に大げさな相槌を打った後、僕は暖めていた次なる一手を試してみた。
「俺手相見れるから、恋愛運占ってあげようか?」
「えーすごい! 見てみて!」といってクミが手のひらを差し出した。
僕は彼女の左右の手のひらを交互に両手で揉むように確認してから、意味ありげに間を置いて「左手で見ようか」と言った。
「んー、今二十一って言ったよね?」
「うん」
「この前彼氏と別れたって言ってたよね?」
「うん」
「大学卒業までにもう一人くらいできると思うよ」
「ホントにー?!よかったぁ」
「でも多分その人とは二年くらいで別れて、別の人と三十くらいで結婚すると思うよ」
「えーすごーい!結婚できる!」
すると私も見て欲しいと言って奥の二人が身を乗り出して、終いにはアキラまで手相を見てくれと言い出す始末だった。
彼女たちは男に話しかけられることを求めていたのか、終始上機嫌で僕たちの会話に付き合ってくれた。聞くとここへ着たのも今日で二回目だという。
時刻は二時を周り、店内には終電を逃し疲れきった人々がまばらにテーブル席に座っているだけだった。仕事終わりのアキラに睡魔が訪れたので彼女たちにこの後どうするかと聞くと、カラオケか漫喫にでも行って朝まで時間をつぶすと言った。カラオケを奢ってあげるほどの金がなかった僕たちも、その日は大人しく引き上げる事にした。
帰りの道でタバコを吸いながらアキラと歩いていると、アキラが感心したように言った。
「しかし今日はすごい成長ぶりだったな。手相まで見れるようになったのか?」
「あんなの適当にググった知識をそれっぽく説明してるだけさ。手相なんて見れないよ」と僕は言った。
アキラは驚き、そして呆れたように笑った。
「年齢を当てると言って相手の目を見つめるのも、手相が見れると言って手に触れるのも、全部ただの口実さ。本に書いてあったんだよ。
『⑤相手の目をジッと見つめる時間を作りましょう。最低3秒。あなたを異性として認めさせましょう』
『⑥できれば相手に触れましょう。ボディタッチはあなたと相手の心理的距離を縮めます。相手が嫌な顔をしたら絶対に無理に触ってはいけません。』
てね」
「本当にお前は、一度決めたらとことんやる男だな」
「元々が女好きだったってだけだよ。今はそれを解放してるだけさ」
そう言って僕たちは新宿五丁目の信号で別れた。
こうして僕の期間限定キャンペーンの火蓋は切って落とされた。
☆
僕とアキラはそれから毎週末、新宿区役所通りのHUBへ通った。女の子に声をかけ、酒をおごり、楽しませ、連絡先を交換した。
僕は週末のナンパと平行して、バイト先での声かけも継続した。それに加えて、SNSで偶然目にした婚活アプリを勉強のつもりでダウンロードしてみた。
婚活アプリはまず、自分のプロフィールを登録し、写真を載せ、女性を選び、気になる女性に「いいね」する。女性側のプロフィールもすべて閲覧できるようになっていて、「読書好き」とか「バイク好き」とか、フィルターをかけて検索できるのが婚活アプリ最大の利点だった。
利用者は一日に「いいね」できる回数が決まっているが、課金する事でその回数を増やすことができる。「いいね」をした女性から「いいね」を返してもらえれば、メッセージを送ることができるが、連絡をとり続けるためには男性側は月額三千円の利用料が必要になる。女性は無料だ。
つまり街中でひとりひとりナンパして酒を奢ったり、合コンでひとりひとりの趣味を確認するよりはるかに効率的で安価なのだ。ナンパして酒を奢っていれば三千円の消費では済まないし、合コンで食事代を奢っても、自分の分と合わせたら安くて五千円というところだろう。婚活アプリはうまく利用すれば一ヶ月に三十名以上の女性の連絡先を手に入れることができる。しかも容姿や趣味をあらかじめ把握した上でだ。
その新しさと効率性に衝撃を覚えた僕は、婚活アプリを手当たり次第ダウンロードし、どのアプリに課金するのがより効果的かを徹底的に調べ上げた。そして最終的に残った三つの婚活アプリに、一ヶ月後にすべて解約するという決意の元、計一万円を投資した。九月の予備校が始まるまでに俺は自分を変えてみせると心に誓った。
返事が帰ってきそうな女性を探していいねを送る日々が続いた。高望みばかりしていいねを消費しても女性からの連絡はこないし、いくら課金しても金の無駄だ。大切なのは、如何に「勝てる相手」を探すかということだった。
自分のプロフィールに載せる写真やコメントにも手を抜かなかった。女性用のアカウントをダミーで作成して人気のある男性ユーザーのプロフィールを研究したりもした。暇さえあれば携帯を片手に女の子を探し、プロフィールをチェックした。
そして一週間もしないうちに、女性の連絡先はどんどん増えていった。LINEのトーク画面は分刻みの未読メッセージで埋め尽くされた。普段マメに連絡を取り合うことを嫌う僕が、常にスマホを片手に誰かと連絡を取っているという状況にまで至った。その変わり様に周りの人間達は驚いた。
まるで本業のように僕は手際よく彼女たちのメッセージに返事を送った。女性によって絵文字を使うか、顔文字を使うか、そのいずれも使わないか、キャラクターを瞬時に使い分けた。こまめに女性の名前を呼び、女性の名前を絶対に間違えないように細心の注意を払った。中には途中で連絡が途絶える者もいたが、僕は全く気にしなかった。最初から本命もお気に入りも作らず、彼女たちに何の期待も持たなかったからだ。自分が選ぶ立場だという慢心を捨て、今僕を必要としている女性のために僕は必死で応えた。
連絡先を手に入れた女性とはすぐに会う約束を取り付け、週三のフリーターである僕のスケジュールはみるみる埋まっていった。ある時は船橋へ、ある時は渋谷へ、ある時は八王子へと、場所や曜日に関わらず女性の都合に合わせてどこへでも会いに行った。
この頃の僕は一日おきに別々の女の子とデートをするというハードな日々を送っていた。バイトを終え、シャワーを浴び、着替えて女性の待つ駅へ向かう。バイト代はすべて酒に消え、彼女たちの胃袋へと流し込まれた。そして別れ際には次に会う予定を取り付けた。
婚活アプリで知り合った女性と食事をし、女性と別れた帰り際にそのままHUBへ行ってナンパをするなんてこともあった。駅からHUBまで向かう道中、酔っ払いのふりをして目が合った女性には見境なく声をかけた。そして勝機ありと見たらそのままHUBへ誘って酒を奢った。相手が複数人でも関係なかった。
何かが変わることを期待して100人を目標に声掛けを始めた僕は、三十人目に声をかけた女性とその日に寝た。声掛けは当初の期待以上の成果を上げていた。もはやそれ以上に数を数える必要はなくなった。
いろんな女の子と会った。美人もいたし、不美人もいた。ぽっちゃりもいたしガリガリもいた。東北訛り、関西弁、東京生まれ東京育ちに帰国子女。巨人ファン、ロッテファン、オリックスファン。十代の学生から三十五歳のOLまで、人妻やメンヘラなんて時もあった。僕は彼女たちにとっての理想の僕というものを演じ続けた。髪型を褒め、服を褒め、アクセサリーを褒め、育ちを褒めた。彼女たち一人ひとりを丸ごと受け入れ、そして求められるがままに抱いた。
僕は生まれ変わったと思った。もう女性に対する苦手意識は完全になくなり、それどころか男としての大きな自信を手に入れた。
期間限定として始めたキャンペーン、つまり自分という人間の大安売りは、想像を遥かに越えた経験と成長を僕にもたらした。そしてキャンペーン期間終了後、僕には彼女ができた。