旅の話
僕は旅が好きだ。
旅と旅行は違う。
僕は昔から何の計画もなくふらっとどこかへ行くのが好きだった。
高校生の頃は電車や自転車で、大学生になってからはバイクや車で、とりあえずの目的地だけ決めてふらっと家を出た。
一人で行くこともあったし、MやYと一緒に行くこともあった。
日が暮れたら適当に眠れそうな場所を探した。
公園の芝生の上や海岸沿いのベンチやサービスエリアの駐車場で夜を明かしたこともあった。
それは確実に旅行とは違った、もっと別の何かだった。
というか旅行と呼べるほど立派な代物ではなかった。
旅行とはもっと計画的に、目的的に行われるものだ。
日数を決め、出発する日を決め、ルートを決めて宿を予約し、どこで何を食べて誰にどんなお土産を買おうかと考えるのが旅行である。
僕達は違った。早朝だろうが深夜だろうが気が向いたら出発する。
調べるのは天気予報くらいだ。後は成り行き任せでひた走る。
僕達はそんな旅行とは違った若さゆえの暴走行為を旅と呼ぶことにした。
旅は一泊二日のこともあれば二週間以上になることもあったが、要するに貯金を使い果たした時に旅は終わった。
☆
僕が初めて一人で旅に出たのは高校生の時だった。
夏休みのある日、突然海が見たくなった僕は、バックパックに着替えとタオルを詰め込み、マウンテンバイクのチェーンにサラダ油を挿して昼過ぎに家を出た。
県境の峠を登りきらないうちに完全に日が暮れ、道の駅のトイレで夜を明かした。
初めての野宿でまともな睡眠などとれるはずもなく、空が明るんできた早朝に出発した。
運悪くこの日は台風が近づいていて、峠道を登りながらひどい雨に降られた。ビショビショになりながら峠道のわきに見つけた資材置き場で雨宿りをした。
そんな風に四苦八苦しながら、深夜を過ぎたころにようやく海沿いの町にたどり着いた。
僕にとって初めての、たった一人での2泊3日の大冒険だった。
☆
ある日突然どこかへ行きたくなる。
大抵は気持ちよく晴れ渡った日や、夜空が綺麗な日にそれはやってくる。
こんな日に浜辺で煙草でも吸いながら夕陽を眺められたらどんなに素晴らしいだろう。
こんな夜に峠の駐車場でコーヒーを飲みながら夜景を眺められたらどんなに素敵だろう。
僕の妄想はどんどん広がっていく。
抑えきれない興奮に突き動かされ僕は家を出る。
妄想通りに事が運ぶ時もあれば、そうでない時もあった。
☆
Yと二人の旅は特にめちゃくちゃだ。
とりあえずどこかへ行こうと言って僕はバイクでYのアパートに行く。
なぜかは分からないが、大体いつも到着は夜になる。
目的地を決めようと言って酒を呑んでいると、気が付いたら外は明るくなっている。
一応の目的地だけ決まったら眠りに就く。
夕方目を覚ます。
出発が一日遅れる。
翌日の昼過ぎに出発する。
当然目的地に着く前に日が暮れていて、見通しの悪い中で何度も道を間違えながら、ギリギリの精神状態で目的地に到着する。
目的地到着後に吸うタバコは格別にうまかった。
すべての不安と恐怖、疲労と緊張から解放された、至福の一服。
最近ではそんなしびれる旅も少なくなった。
大人になったのだ。
おわり