女のいない男たち
発行日 2014年4月18日
発行元 文藝春秋
そういう意味では、この本は音楽で言えば「コンセプト・アルバム」に対応するものになるかもしれない。実際にこれらの作品を書いているあいだ、僕はビートルズの『サージェント・ペパーズ』やビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』のことを緩く念頭に置いていた。
女のいない男たち まえがき
ビートルズ『サージェント・ペパーズ』
ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』
1.ドライブ・マイ・カー
ビートルズ『ドライブ・マイ・カー』
二日後の午後二時には、黄色のサーブ900コンバーティブルは修理を終えられていた。
ドライブ・マイ・カー
サーブ900コンバーティブル
2.イエスタデイ
「僕」の知っている限り、ビートルズの『イエスタデイ』に関西弁の歌詞をつけた人間は、木樽という男一人しかない。
イエスタデイ
ビートルズ『イエスタデイ』
それは等価かもしれないけど、明治維新以来、東京の言葉がいちおう日本語表現の基準になっているの。その証拠に、たとえばサリンジャーの『フラニーとズーイ』の関西語訳なんて出てないでしょう?」という会話がそれに続いた。
イエスタデイ
サリンジャー『フラニーとズーイ』
ニューヨークを舞台にしたウディー・アレンの映画を見た。それから2週間ほどして木樽はひとことの連絡もせず喫茶店を辞めた。
イエスタデイ
『アニー・ホール』
16年後、「僕」は赤坂のホテルで開かれたワイン・テイスティング・パーティーの会場で栗谷えりかと再会する。フォーマルな服に身を包んだ人々があちこちでグラスを傾け、若い女性ピアニストは『ライク・サムワン・イン・ラブ』を弾いていた。
イエスタデイ
ビル・エヴァンス『ライク・サムワン・イン・ラブ』
3.独立器官
僕は言った。「機転といえば、フランソワ・トリュフォーの古い映画にこんなシーンがありました。女が男に言うんです。『世の中には礼儀正しい人間がいて、機転の利く人間がいる。もちろんどちらも良き資質だけど、多くの場合、礼儀正しさより機転の方が勝ってる』って。
独立器官
フランソワ・トリュフォー『夜霧の恋人たち』
十一月末の金曜日の午後、渡会の秘書から電話がかかってきた。彼の名前は後藤といった。低く滑らかな声で彼は話した。その声は「僕」にバリー・ホワイトの音楽を思い出させた。
独立器官
バリー・ホワイト
4.シェエラザード
羽原と一度性交するたびに、彼女はひとつ興味深い、不思議な話を聞かせてくれた。『千夜一夜物語』の王妃シェエラザードと同じように。
シェエラザード
『千夜一夜物語』王妃シェエラザード
5.木野
よくアート・テイタムのソロ・ピアノのレコードをかけた。その音楽は今の彼の気持ちに似合っていた。
木野
アート・テイタム
店は暇だったから、木野はスツールに腰掛けて『ジュリコの戦い』が入っているコールマン・ホーキンズのLPを聴いた。
木野
コールマン・ホーキンズ『ジュリコの戦い』
彼女はカウンターに座ってブランデーを注文し、ビリー・ホリデーのレコードをかけてくれと言った。「できるだけ昔のものの方がいいかもしれない」。木野は『ジョージア・オン・マイ・マインド』の入った古いコロンビアのLPをターンテーブルに載せた。
木野
ビリー・ホリデー『ジョージア・オン・マイ・マインド』
女は時間をかけてブランデーを三杯飲み、更に何枚かの古いレコードを聴いた。エロール・ガーナーの『ムーングロウ』、バディー・デフランコの『言い出しかねて』。
木野
エロール・ガーナー『ムーングロウ』
バディー・デフランコ『言い出しかねて』
カウンター席で熱心に本を読んでいるカミタの姿を思い、陸上トラックで過酷なリペティション練習をやっている若い中距離ランナーたちの姿を思い、ベン・ウェブスターの吹く『マイ・ロマンス』の美しいソロを思った。
木野
ベン・ウェブスター『マイ・ロマンス』
6.女のいない男たち
僕は一人で車を運転するときは、よくロックかブルーズを聴いた。『デレク・アンド・ドミノズ』とか、オーティス・レディングとか、ドアーズとか。
女のいない男たち
『デレク・アンド・ドミノズ』
オーティス・レディング
僕らはあちこちをほとんどあてもなくドライブし、そのあいだ彼女はフランシス・レイの『白い恋人たち』にあわせて静かに唇を動かしていた。
女のいない男たち
フランシス・レイ『白い恋人たち』
僕は彼女を抱きながら、いったい何度パーシー・フェイスの『夏の日の恋』を聴いたことだろう。こんなことを打ち明けるのは恥ずかしいが、今でも僕はその曲を聴くと、性的に昂揚する。
女のいない男たち
パーシー・フェイス『夏の日の恋』
僕はヘンリー・マンシーニの指揮する『ムーン・リヴァー』を聴きながら、そのソフトな三拍子にあわせて、エムの背中を手のひらでひたすら撫でたものだ。
女のいない男たち
ヘンリー・マンシーニ『ムーン・リヴァー』
コメント